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プロフィール

1986年 4月23日 兵庫県明石市にて産まれる。

1992年 明石市鳥羽にある野々池コミセンにて、【野々池柔道サークル】に入門。

1993年 明石市の柔道大会で初優勝。以降小学校時代を、柔道一筋で過ごし、大小数多くの大会で優勝などの実績を残す。

1999年 東京都世田谷区にある私立国士舘中学校に入学。寮生活をスタートさせ、柔道日本一を目指す。   2000年 両親の離婚により、地元である明石市立野々池中学へ転入。

2000年 西日本少年柔道大会-73kg級準優勝

2001年 叔母の形見であるギターを、いとこより譲り受ける。兵庫県中体連総合体育大会柔道競技 73kg級優勝。近畿中体連総合体育大会柔道競技 73kg級第3位。ギターを譲り受けたいとこの結婚式にて、弾き語りを初披露する。曲は長渕剛の乾杯。

中学の卒業式にて、初めての路上ライブを敢行。

2002年 兵庫県立明石南高等学校入学。兵庫県高体連総合体育大会柔道競技 第3位。以降、高校時代にも多くの実績を残す。路上ライブを拡大させ、西明石、大久保、明石、など近隣の駅にて路上ライブで小遣い稼ぎをしていた。

2004年 数々の推薦がありながら、家庭環境の問題から、大学進学を断念。以降、本格的な音楽活動をスタートさせる。

2005年 音楽活動名を【太地】とし、路上ライブ、ライブバーを中心にライブ活動を展開。

2007年 東京都早稲田にあるミューズレコードより着うたデビュー。楽曲【遠くへ】が、3000曲ほど配信されているインディーズ着うた配信サイト【着デビュー】で3ヶ月連続ダウンロードランキング1位を獲得。

2008年 信用していた人間に騙され、200万近くの借金を背負う。

2009年 借金完済。音楽活動名を 言葉屋 太地 に改める。大久保にあるマイカル明石(現在のイオン)にて初ライブ敢行。24時間テレビチャリティーライブにも初出演。老人施設や児童養護施設などでの慰問ライブにも精力的に活動を行う。九州一週間の旅ではお金を持っていかない、という馬鹿げた企画をし、片道新幹線の切符のみを握りしめ福岡へと向かった。 路上ライブを重ね、一週間後に無事に明石に帰りつく。

2010年 明石まちかどミュージシャングランプリにおいて、おしくも3位入賞ならず。4月、右膝と肩に抱えていた爆弾を治療するための手術を決意。右膝前十字靭帯損傷復元手術、9月に左肩関節復元手術を行う。治療リハビリ中も音楽を傍らにおき、松葉杖をつきながらもギターを背負い、駅で弾き語りをすることもあった。神戸新聞掲載。

2011年 ミニコミ明石掲載。ジーオインターネット放送局にて【太地のミュージックステーション】配信開始(全3回)。3月 春の明石高校生祭り開催。各地にて、東日本大震災チャリティー募金ライブ開催。明石市立望海中学校にて、恩師のつてで柔道部の外部コーチを勤める。(2011-2013) 言葉屋 太地 から 唄う柔道家 高松太地 へと改名。

2012年 相生学院高等学校明石校ベンチプロジェクトチームにて、絵本の読み聞かせライブを各地で行う。神戸新聞、毎日新聞掲載。高砂文化会館じょうとんばホールイベント出演。

2013年 某高等学校卒業式 サプライズ出演。某高等学校進路説明会 サプライズ出演。

2014年 幼稚園イベント出演。大阪大学【アートと学校と社会から】出演。神戸新聞掲載。

2015年 高松太地の【人生記】アメブロにてスタート。月間PVが5万を超える。北川大介 新曲発表ディナーショー出演。三山ひろし 松前ひろ子 ディナーショー前座出演。湊川神社 楠公祭出演。数々の学校、施設など出演。明石ケーブルテレビ ええやん明石出演。明石市民柔道大会にて右膝前十字靭帯及び側服靭帯断裂。九月に入院、手術。

2016年 北川大介 竹村こずえ パクジュニョン 前田ひろみ コンサート前座出演。湊川神社楠公祭出演。美川憲一 蒼彦太 エドアルド コンサート前座出演。明石バル流しのミュージシャン出演。納涼フェスティバル出演。明石観光PR隊として、あかし玉子焼き広め隊メンバーで東京で行われたB1グランプリにてゴールドグランプリ獲得。

2017年 ミニアルバム【おかん】発売。有線放送、カラオケJOYSOUNDで配信スタート。5月7日、明石アスピア9F子午線ホールにて、唄う柔道家 高松太地CD発売記念ワンマンコンサート敢行。サンテレビ【明石deええやん】出演。KBS京都ラジオ【森脇健二のサタデーミーティング】出演。明石ケーブルテレビ出演。。ラジオ関西出演。奈良FMハイホー【こかつあさみのまほろばコラムラジオ】出演。美川憲一 丘みどり 小田純平コンサート前座出演。角川博 田川寿美 冠二郎 神野美伽 コンサート前座出演。マンダイフェスティバル出演。

2018年 サンテレビ【明石deええやん】出演 1月~4月  

 

【ストーリー】

1986年4月23日、兵庫県明石市に一人の男の子が生まれました。

男のはすくすく成長し、体は人一倍大きくなりました。

そして6歳の時、柔道を始めました。

みるみる頭角を現し、数々の大会で優勝し、少年は心に誓いました。

『いつかオリンピックで金メダルを取りたい!』

 

少年は小学校を卒業し、柔道の名門、東京の国士舘中学校へと進みました。

親元を離れた寮生活。柔道に打ち込む日々。

寂しさもたくさんあったけど、いつも支えてくれる仲間がいたから。

少年の中で、東京で共に過ごした仲間たちは、いつしか、もう一つの家族になりました。

 

そんなある日、中学2年の5月。寮に母から突然の電話がかかってきました。

『大事な話がある。すぐに明石に帰ってきなさい。』

少年は、明石へと帰りました。

そこには、父と母がいて、少年にこう告げました。

『お父さんとお母さんは離婚することになりました。どちらについていくかは、自分で決めなさい』

少年は父に尋ねました。

『このまま東京で柔道続けていくこと、できるんかなぁ?』

父は下を向いたまま、何も答えませんでした

『分かった。明石に帰ってきて、お母さんと暮らす。』

少年は東京から帰ってくる決心をしました。

 

少年は東京に戻り、東京の家族たちに事情を話しました。

寮を出る日、ある先輩の『がんばれよ!』という言葉を受け、少年は泣き崩れました。

すると、後輩たちも周りで泣きじゃくっていました。

そんな家族達と、こう約束しました。

『いつか、絶対この場所に帰ってくるから。

もっと強くなって、

いつか、必ず帰ってくるから。次は全国大会で会おうな。』

東京の家族達との約束を胸に、少年は明石へと帰りました。

 

1年後、少年は兵庫県でチャンピオンになり

ました。

そして、全国大会へと進みました。

東京の家族達との約束を、一つ果たしたのです。

しかし、全国大会では負けてしまい、

いつか強くなって帰ってくるから』、という約束は果たせませんでした。

 

しかし少年は、諦めきれませんでした。

強くなって、特待生の枠を取って、東京の家族のもとでもう一度勝負がしたい。

高校に進学してからも、約束を果たすため、がんばりました。

 

高校三年最後の夏、左肩の脱臼という大きな怪我をし、少年は兵庫県大会で負けてしまいました。

その瞬間、柔道という道は少年の前から消えてしまったのです。

母と弟の3人暮らし。

大学に行って勝負するためには、特待生という枠がなんとしても必要だったのです。

 

色々な大学の推薦がきていました。

しかし、どこの大学も、特待枠をとるためには、兵庫県でもう一度チャンピオンにならないとだめだ。という条件だったのです。

兵庫県大会で負けた瞬間、少年の前には柔道という道が消えてなくなってしまったのです。

 

少年は落ち込みました。悩みました。考えました。

でも、いくら考えても、でてくる答えは一緒でした。

『いつか帰ってくるから』

という東京の家族との約束を果たしたい。

なにがなんでも、約束を果たしたい。

 

そんな少年の側に、一本のギターがありました。

趣味でやっていたギター、歌。

『柔道で果たせないなら、音楽で。。。』

少年は立ち上がりました。

『いつか、東京でがんばっている家族達に、この声が届くように、唄おう。

いつか、東京の家族達を応援することができるそんな歌を、唄おう。』

唄う柔道家

高松太地の物語が、幕を明けました



活動履歴
・サンテレビ【明石deええやん】準レギュラー出演

・KBS京都【森脇健児のサタデーミーティング】出演
・神戸新聞掲載多数
・明石ケーブルテレビ出演多数
・地域情報紙やミニコミ明石等の掲載多数
・ジーオインターネット放送局より番組配信
・東京の某レコード会社より着うたデビュー、2000曲ある楽曲の中から月間ランキング1位を3ヶ月連続獲得
・24時間テレビチャリティーライブ出演
・USJのユニバーサル・シティウォークイベント出演
・春の明石高校生祭り、企画、主催、出演
・明石ミュージックフェスタアドバイザー
・老人ホーム、児童養護施設など数多くの慰問ライブを行う
・夏祭り、敬老会などゲスト出演多数
・障がい者フットサルチームテーマソング作成
・高砂文化会館イベント出演
・神吉中学進路説明会ゲスト講演
・絵本【ベンチくんどうしたの?】スーパーアドバイザー
・演歌歌手 北川大介さんディナーショーにて中継ぎ出演
・演歌歌手 三山ひろしさん松前ひろ子さんディナーショーにて前座出演
など多数のイベントに出演中

いつか必ず夢を叶える。
諦めなければ夢は終わらない!

各種出演依頼など受け付けております。

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